カラッキュウ

年々、我が家のビール消費量が増えているような気がする。いや、確実に増えている。
理由は謎である。
別に大酒呑みが居るわけでも、メタボ魔人が居るわけでもない。
空き缶を積み重ねなければ置く場所もないので、我が家の台所はちょっとした「のど自慢キンコンカンコン楽器」のようである。
決して客には見せられない。
先日、収穫したきゅうりはカラッキュウに。
罪な食いもんである。
これをお茶やジュースで食う不届き者が存在するとは思えぬ。
今夜も空き缶を叩く音が我が家に響く。
八朔
和心料理 億

哲学の道、銀閣寺の近く。白川今出川交差点を少し北へ行ったところにある「和心料理 億」。
どでかい舟盛りで有名な夕日が浦の「千松」の若社長が昨年に出されたお店である。
こじんまりとしたお店ではあるが開放感があって狭く感じることはない。むしろ落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした気分で食事ができる。
何よりも魚料理が美味しい。鮮度にこだわった魚とおいしい焼酎が呑みたい人にお薦めである。
傷ついた心も癒してくれます。
和心料理 億(oku)
八朔
白川ベーカリーでパンの予約

2ヶ月に1回、必ずパンを予約する。最近は食パンに加え黒糖パンやぶどうパンも。
どれも罪に等しいほど美味い。
しかし予約日はいつも戦場と化している。パン屋のおばちゃんは半ばパニック状態。お客さんに渡すパンや釣り銭を間違えてさらにあたふたであった。
私は列がはけるまで表で日向ぼっこ。目の前が大文字山という絶好のロケーション。
遠くの山に心で叫ぶ。
「そこまでは読めんぜ、川田・・・」と。
八朔
町屋

中山記念でなんとも微妙な額の馬券を的中。
onちゃん、カニ、デジカメと悩んだあげくフレンチを食いさらすことに決定。
町屋でメシといっても珍しさなどなく、もはやあたりまえに。
しかし畳の上で胡坐をかき、箸でフレンチとなると、純日本人の背伸びもどこか淋しいものである。そう簡単に食えるものではないのだから、少しぐらい恰好をつけさせてくれても良いのではないだろうか。
煮て、焼いて、砕いて、合わせてと、影も形もなくなった食材の味だけが口の中に広がる不思議な感触。
しかし食べての満足感はやはり満腹感から生まれるもの。
畳の上でしびれを切らす私なんぞは帰り際にラーメンでも引っ掛けたいところである。
みなさん、写真を撮っておられるので私も帰り際に携帯で一枚。
これが心霊写真というやつであろうか。
八朔
鴨ロース

鴨ロースは辛子醤油で食うのがいちばんである。
梅肉、柚子胡椒、オイスター、オレンジ、赤ワインと様々なソースが存在するが、ひねりと切れの妙味からいけば辛子醤油に一日の長がある。
ひねりと切れといえばビル・ロビンソンかと考えながら飯を食っていたとき、突然けたたましい爆音が耳をつんざいた。
天変地異を思わせる阪神の連敗脱出が原因かと思わせる爆音は、私の知るかぎりジョージア・サテライツ初来日公演以来の大音響であった。
数分後、サイレンとサーチライトが辺りを取り囲み、廊下へでてみれば野次馬の群れ。電線は切れ、山科団地の明かりも落ちていた。
私は鴨ロースが大事などで長居はしなかったが、あれは一体なんだったのでしょう。
空いたワインのボトルを蹴飛ばしながら、こちらへやってくればPCの電源が落ちていました。
PCの無事を確認して、これから梱包を始めます。
雨は上がった。しかし酔いは醒めぬ。
八朔
餅
年が明けて10日になろうとしているのに未だに毎日餅を食っています。
そもそも何故、ウチの家にはあんなにも大量の餅があるのか?
思い起こせば年末あたり。
およそ一般的に売られているそれより2倍はあろうかという巨体を引っさげ、奴らは平和な我が家に突如現れた。
素人がこねたように不細工な姿形を持ち、難儀なことに100近い数で群れを成していた。
煮るなり焼くなり好きにしてくれと言わんばかりに無言を貫く奴らを、こちらも好き勝手に煮たり焼いたりしたのだが、どう見てもその数が減ったようには見えない。
心なしか増えたようで・・・。
おかげで私の体型も全盛期の琴乃若を彷彿とさせる鏡餅体型になってきました。
人間のできた私は明日も誰に言われるまでもなく、自ら餅を焼こうと思います。
まだ年賀状が来ません。
郵便局内の廊下、食堂、便所、自転車置場等で、当店宛ての年賀状を見つけられた郵便局員の皆さん、ぜひ御一報ください。
御礼に餅を差し上げます。
八朔
黒田庄和牛

年の瀬に豪華な贈りものをいただきました。
黒田庄和牛とはあの格式高い神戸牛の元となる由緒正しいビーフである。当然のことながら日頃、私などが食するスーパーの肉とは値段が桁ひとつ異なる。
目の前に肉となれば食うしかないのだが、どうしたものかと思案してしまうところが情けない。写真を撮り、臭いを嗅ぎ、腹を壊さぬかと体調を考えてしまうのも、また貧乏臭い。
慎重なる家族会議の結果、今夜はすき焼きと決定。
いざコンロに火を点けた瞬間、緊張したのか手が震え、溶き玉子を買ったばかりのジャージに丸々こぼしてしまう。
奇声を発しながらズボンを履き替えている間に肉が焦げ、またまた大騒ぎ。
その肉に触ることは許さんとばかりに熱い視線が飛び交う食卓。
なんとも疲れる夕食であった。
しかしいい肉とはあんな味がするのだなと身をもって体験できたのである。
八朔








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