お笑いぐさのPARTYが終わればこんな有り様だ

年の取り方を間違えて自分を見失った野郎と、過去にすがりついて抜け出せなくなった野郎共。
時間を止める魔法をかければ、すべてがうまくいったかもしれない。
「現在」を思えば、この「過去」は悲しい。
それほどまでに素晴らしい音楽である。
PARTYの真っ只中に存在していた、俺達の時代の証拠といえよう。
とりあえず・・・乾杯だ。
八朔
On The Move
遂にスパートを掛けたのだろうか。
その長い音楽人生の終焉に向けて小山卓治が伝説を切り売り始める。
かねてから私は公式ページでCD-Rを注文する度に、
「こんなクソ音源はいらない。80年代のLIVEを完全収録で出せ!」とコメントを残してきた。
そしてようやくその要望が通ったのである。
「On The Move 完全盤」は一瞬にして終わった全盛期のLIVE完全収録である。
4thアルバム「THE FOOL」発売後の87年ということは、デビューして4年、しかし実のところ音楽的に下り始めているという全盛期15%OFFのLIVEである。
幾多のアーティストが武道館、代々木へとステップアップしていく中、渋谷公会堂で止まってしまった小山卓治。
どうせ渋谷公会堂の舞台に立つのなら紅白歌のベストテンに出てくれたほうが良かった。
この後、ライヴハウスに逆戻り、バンドは解散、単身で全国行脚、痩せ細り倒れる。果てはPAなし、ホームページでカセット音源をCD-Rにて販売、アマチュア連中にトリビュートアルバムを作ってもらい生計を立てる。
冷静に考えれば25年というキャリアは奇跡に等しい。
だが年金まであとわずかであるにもかかわらず、こうして蓄えを出さずにいられないあたり、切羽詰まってきたのであろう。
「On The Move 完全盤」では久しぶりに死に物狂いの小山卓治に出会えそうだ。
まだ価格が公表されていないのが実に恐い。
八朔
再結成
もちろんエリカ様が観に行かなければ、日本のワイドショーで紹介されることはなかったであろう。
英国では凄い騒ぎだったらしいが、こちらではさほど。
私の中でも衝撃は微塵もなかった。
メンバメイコボルスミ11やいんぐりもんぐりが再結成する方が遥かに衝撃的だ。
だいたい彼らは何度も再結成しているではないか。
LIVE AIDでは太りすぎて弦が押さえられなくなったジミー・ペイジと、紅茶に砂糖を入れすぎて声が出なくなったロバート・プラント、そして一応声を掛けたら本気にして来てしまったジョン・ポール・ジョーンズが揃ったではないか。
おまけに何を勘違いしたのかROCKの何たるかをまったく理解していないキューピーハゲがドラムを叩いたりして。
アトランティックの時にも全員揃ったような・・・。
ペイジ・プラントなんてZEPの曲ばかりだったし。
今回のは音も映像もまだ入手していないのだが存分に笑わしてくれるのだろうか。
それだけが心配である。
こちら日本でも再結成。
大黒柱はすでにこの世を去り、ドラマーは体力低下で太鼓を叩かず。在籍2年のギタリストと年々音域が狭くなるヴォーカリストは健在。
しかし再結成するバンドはどうして代表曲のオンパレードになるのだろう。
「HERO」や「安奈」は25年前に飽きた。
演ってほしいのは「狂った夜」や「黒い夏」や「悪魔に狂って」なんかだ。
こちらは間違いなくCDとDVDが出るだろう。
年金までの間、何かと大変だ。
島野コーチが逝ってしまった。
亡くなられる数日前に大阪の番組で、島野コーチがオーナーの料理屋が紹介されたのだが、本人が出演していなかったので、「あれ?」っと思った矢先であった。
島野コーチと言えば星野監督の参謀役として有名であったが、あれほど拳と蹴りが似合う野球人は他に類を見ない。
熱さに関しては星野監督以上であった。
しかし選手への気配りも大変なものがあり、亡くなる5日前までグランドに姿を見せていたらしい。
目一杯プレーできる環境を与えてやり、あとは選手を信じる。
名監督と名コーチが我々に示してくれた「育て方」というやつである。
来年、阪神は優勝するだろう。
「島野コーチのため」に一丸になれる。久しぶりに一丸になれる。男達が一人の男のために闘うのだ。
これぞ再結成。
間違いなく優勝する。
そのときには島野コールを甲子園に響かせてもらいたい。
八朔
小山卓治NEWS!!!
いつの頃からか私のアドレスへメールが届くようになった。
言っておくが私は彼の友人でも知人でもない。他人だ。しかしメールの彼は妙になれなれしく、挨拶もそっちのけで自慢話を始めたりする。
多少ムカついてメールを捨てたりするのだが、後から気になって削除フォルダを覗いて読み返したりする。
先日届いたメール文にひっかかる戯言があった。
「みんなの元へ届ける“もの”を作るための準備を始めている」
なんだ。彼は私のためにケーキでも焼いてくれるのか。
まさか新作なんてことはないだろう。近年の彼を見ていれば桑田はさておき藪がメジャーに再挑戦するようなものだ。
旧作の紙ジャケ再発なんてことになれば結構笑える。初期の作品などネットで高値取り引きされているのだ。私も売っちゃいました。
さて?
となると私の声が届いたのか。なんせ私は「ぼったくり」シリーズを注文するたびにメッセージを添えていたのだ。
「80年代の各ライヴをノーカットで全編収録せよ!」
83年の本多劇場、86年12月の渋谷LIVE INN、87年の渋谷公会堂など、お世辞かもしれないが音楽誌が賞賛したSHOWがいくつかある。
私が観たLIVEでは85年の大阪バナナホールがベストである。
あの頃の彼のSHOWは凄まじいものであった。背中に流れる汗をゴキブリと勘違いするぐらい熱かった。あの頃ギターを弾いていたちっこいオッサン元気かな? 身の毛もよだつ近年のLIVEとは別次元である。
過去の栄光?
いいじゃねえか。未来がないんだもん。過去にすがって年老いていこうぜ。
阪神ファンはバックスクリーン3連発を語ることで痴呆を防いでいるんだ。
「もう目が覚める、覚めるはずだ」
いつまで寝てるんだ。そろそろ起きろ。起きられないなら一生寝ていろ。寝ぼけ眼でウロウロするんじゃねえ。
私は20年も待っているんだ。目覚まし時計のネジはいつでも巻いている。
さあ、起きろ。
八朔
どうしてこんなに悲しいんだろう

悲しいだろう みんな同じさ
同じ夜を迎えてる
吉田拓郎がこの曲を歌ってから30年以上の時間が流れた。
10代の頃、誰の曲かは知らなかったが、渡辺美里がLIVEで歌ったその曲に強い衝撃を受けた記憶がある。
DからF#mなんてコード進行を学んだのもこの曲だ。
前向きに生きることの難しさと、数ある不自由と戦わずして得られることはない自由を歌っている。
今にしてようやく思う。
この曲は辛い。辛すぎる。
さて、どうしたものかと考えるのだが、やはり封筒は開封するために閉じられているのか。
中身を思う期待感など枯葉のささやきにも劣り、再生ボタンを押せば生きていることさえ虚しくなってくる。
すっかり忘れられてると思っていたのだが、その方が良かったかもしれぬ。
もうダメポ。
そういや、メールが来てたっけ。注文が殺到して生産が追いつかないと。
私はどれだけ貧しくなっても、友達に見捨てられても、嘘をつく人間だけにはなりたくないと思う。
そりゃ、ときには涙も流すけど・・・。
一応、説明しますが、もう内容はハチャメチャである。
2枚組の限定盤はオッサンの誕生日にネットで放送されたweb radioなる音源。こういうものは通常、ファンの間で売り買いされる代物でアーティスト本人が売るものではないと思う。
もう一枚はデモ音源。確かにブートの定番かも知れぬが、本人制作の海賊盤とはこれまたいかに。ボーナストラックに収録されるようなものではないでしょうか。
今年、間違いなくオッサンは「NG!」や「ひまわり」のデモ音源を録り直すでしょう。くすんだ「発掘」の文字が目に浮かびます。
そしてそれを聴かされる私たちは、またいつもと同じように心を閉ざしてしまうのである。
人の心はあたたかいのさ
明日はもう一度ふれたいな
私が何について語ったのか深く詮索しないでください。あなたのためです。
八朔
クリスマス・プレゼント

頭が痛い。
まだ酒は入っていないし、スイープ軸の馬券なんてハナっから当たるとは思っていない。熱もないし、咳もハナもでない。
しかし頭が痛い。
どうやら原因は傍らにある1枚のDVDにあると思われる。
予想に忙しいイヴ前夜に届いた怪しいDVD。決して店頭で販売されることはなく、もちろんモザイクもない。
プレイヤーを再生させて2分ほどで私は頭を抱えてしまった。
小山卓治。
1983年、尾崎豊の保険としてCBS/SONYよりデビュー。以来、1度としてチャートに名を連ねることもなく、度重なるレコード会社のリストラにもめげず、23年間、湿っぽいライブハウスの片隅で毒づきつづけた執念の男。
今では支えるバンドもなく、プロデュースしてくれるお人好しもいない。現れた幾多のフォロワーにはあっさり追い抜かれ、ギター1本で放浪をつづける五線譜の迷い人。
このDVDに映るのはそんな老いた男の姿と、その男と出会ったがために呪縛から逃れられなくなった人々のやるせない笑顔。聞こえる音楽はPAを通さない生音。声援ではなく励ましの声。まさに転がりつづける石の成れの果てをワンカメラでとらえた真実の物語である。
それは23年間の結果が一目で理解できることを表し、50手前でいまだなお手探りの人生を歩む男の未来をも映し出している。
ああ、切ない。
私はせきたてられるように再生ボタンを押すものの、何かに後ろ髪をひかれ一時停止ボタンを押してしまう。
いつになればエンドロールを目にできるのか。
卓治、また痩せたな、とやっぱり思いやってしまうクリスマスの夜である。
八朔
デジタルオーディオよりCD、CDよりレコード

今しがたテレビでやしきたかじんが熱く語っていたのだが、確かにレコードで聴いていた音楽は良かったな、と。
時代の流れと技術の進歩がもたらしたのが「利便性」で、そこには手軽さや使いやすさが含まれる。逆に失われたのは個性や思い入れが詰まった「味」か。
カーナビでスムーズに進んだ旅と、地図を片手に苦労した旅のような違いである。
要は好みの問題でどちらを選択するのも人それぞれではあるが、大切なものを犠牲にしてでも楽な方へ走ろうとするのが人間の常。
その性を批判できるほど私は立派ではない。だけどできるかぎり大切なものを守りたいと思う。そこにある自分の思いや過去は右クリックで削除されるようなものではないのだから。
憶えてる?
「天国への階段」はA面ラストで、「明日なき暴走」はB面1曲目だったのだ。
デジタル時代には何の意味もないことだが、その何の意味もないことにオジサンたちは狂喜乱舞したものだ。
音楽を聴くことも少なくなった今、私はせっせとオリジナルCDを作り、カーステで鳴らしている。見事なまでに音源はCD創世記で止まっているのだが、ネジを回すのに急ぐ必要はない。時代は逃げないし、音楽はやまない。
今日もまた1枚。ライブラリに仲間が増えた。ジャケットも作った。なかなかのできである。
八朔







音楽 コメント(0) トラックバック(0)