スペース高野店 - ワシも言いたい!

京の都のチトはずれ、スペース高野店、謎の店員、八朔&でっちどんのあんなこと、こんなこ、聞いておくれやす。

 
プロフィール

スペース高野店

  • Author:スペース高野店
  • FC2ブログへようこそ!

最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム
最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索

RSSフィード
リンク
アクセス数

ランキング&検索



CD・レコード




 

2008年06月17日

長浜でソフトクリーム



京都はすでに夏気分である。
じっとしていてもネバっとした汗が噴き出し、いくらビールを呑んでも呑み足りない。
公園から聞こえるクソガキの声が妙に耳に障り、意味もなく隣のオッサンの頭を張り倒したくなれば夏本番だ。
涼を求めて湖北の街、長浜へ。
久しぶりと、過去の画像を見返せば3年ぶりであった。
それなりに賑やかさを取り戻しつつあるようで、ようやく痛みが報いに変ってきたかと、変態総理の業績を実感する。
しかし中心部を離れれば、まだまだ閑古鳥。
喫茶店のオバチャンは4時前なのに「看板です」と。
おいおい。少しばかり冷や汗が流れたぞい。

八朔

2008年05月01日

牛尾山

ゴールデンウィーク。
特に予定はない。金もないし、やる気もないが、時間だけがあり余っている。
週明けから繰り返した天皇賞の予想もトウショウナイトの予後不良により、また振り出しに戻る。もう何でもいい。
「仕事をせえよ」というデビルの声をかき消し、何か予定を探してみるが、やりたくないことばかりが津波のように襲ってくる。
気温28度。ふざけた気候に外を見やれば、大陸からの汚染された風の向こうにそびえる山々が・・・。
鏡の中から聞こえるはメタボ挽歌。
行くしかない。

200804ushio010.jpg

向かった先は京都と滋賀の県境にある牛尾山。
山科の子供たちなら誰しもがハナをたらしながら登った山である。
遠足にキャンプにと幾度となく足を運んだのはセピアな時代の話である。かつて軽やかに駆け上がった斜面も今や拷問に近い。
蛙岩、音羽の滝と各ポイントを通るたびに、ビールまでの時間と距離を推測してしまう。

200804ushio010.jpg

引き返すこともこれまた勇気と呟いてはいたが、結局登りきってしまった。
牛尾山から音羽山へ。当然ここにはロープウェイもケーブルカーもない。チンケな山の痛さを少し呪う。
ここは比叡山を見習うべきである。
誰をたぶらかしたのか知らないがケーブルにロープウェイ、ドライブウェイと幾多の交通手段を整えている。観光客を追いかける賽銭箱お化けや、夜な夜な高速ヘアピンを攻めるポルシェ坊主まで現れるという。
ただ、あとはビールだけだと思うと膝の痛みも、踵の違和感も、太腿の張りも、足首の捻り具合も、腰の重さも、腕のだるさも、目のかすみも、頭痛も気にならなくなった。

200804ushio010.jpg

所要時間約4時間。
歩数約21000歩、消費カロリー約900kcal、減った体重1.6kg。
帰宅して飲んだビール3本。
ゴールデンウィーク1発目のメタボイベントであった。

八朔

2008年02月12日

京都観光



京都に生まれ育ったものの名所をすり抜けるように人生をやり過ごす。
地元人ゆえの悲しさ、それは無知で愚かなことである。
京都検定なるものを睨んでは、流れ出る冷や汗にうろたえる始末である。
予定のない連休。
毎度、何を食うかに悩むのだが、たまには出掛けてみるか地元へと。
電車でわずか2駅。南禅寺は目と鼻の先にある。
哲学の道から法然院、そして銀閣寺へ。王道コースのひとつではあるが、私にとっては初体験。何もかもが新鮮に映り、観光客同様にシャッターを切る。

IMG_9755.jpg

ああ、これが銀閣寺、地味な寺・・・。
観光客なら決してもらしてはならぬ本音。いかなる事実に対してもハイな気分で受け止めねばならぬのが旅のルールである。
しかしこちとら地元人。ハイな気分でいられるのも息が切れるまでの間だけ。
数日前までの雪が嘘のようにポカポカ陽気。上着を脱いでも太陽熱が巨体に容赦なく降り注ぐ。
汗が滲む頃には本音しか口をでない。
お土産買ってさっさとビールを飲みに行こう。
社寺は逃げない。愚痴もこぼさない。
縁あればまた逢うこともあるだろう。

IMG_9775.jpg

足を棒にして飲み屋へ。
時計はまだ4時半。暖簾が揺らぐまで言葉も発せず、空を見上げる。
冬の空、初めて見る逆さ虹。
しかし無言。これが本音。
ようやく言葉を発したのはカウンターで「生中!」と叫んだとき。
もっともハイテンションな一瞬であった。

八朔

2007年11月17日

旅の終わり



家路。
日常の垢とため息と思い出を残し、いつもの街へ戻る。
夕陽を眺めながらのドライブ。旅行ボケはおさまらない。意識はいまだに湯船の中でプカプカ浮かんでいるようだ。
できることなら帰りたくない。
できることなら投げ出したい。
できることならやめてしまいたい。
しかし生活を背負って歩き出させねばならぬ。
人間とは酷な道を歩む生き物だ。案外そんな状況を好んでいるのかもしれないが。
旅の思い出は時間の渦をグルグル廻ったまま少しずつ私の脳裏から薄れていく。
同時に蘇るのはやり残した仕事と現実という新しい場面だ。
家に帰ったら最初に何をしようか。
旅に出る前に布団を干しておくべきだった。
今夜からまたあの煎餅布団の冷たい感触を味わうかと思うと気が沈む。
だが本当に心休まるのは、あの薄っぺらい寝床か。
旅の間中、何かに急き立てられているようでグッスリ眠れなかった。
家に帰ったら思い切り寝てやろう。
そして夢から覚めたら、次の夢を探してみよう。

八朔

2007年11月16日

旅の果て



旅の終点は飛騨高山。
またしてもここ「さるぼぼ」に囚われた地に辿り着いた。
以前に訪れたのはいつのことか。まだ私の身体も細く、ワインを嗜むとき思わず小指を立ててしまうほど若い旅であった。
あのとき町並みや風景に向いた目も、今や陶板の上の飛騨牛のサインを見逃してはならんと血走っている。
旅立ちから600kmの道のり。
地ビールを飲み、肉を食し、飛騨の夜景を見下ろしながら温泉に入る。
雨のしずくを目で数え、人生について考える。
やはりフサイチパンドラを加えておくべきだった。
足りないものはひとつなのだ。いつも何かひとつが足りないと探しつづけるのが人生である。そして満ち足りたとき、その人生はもう自分のものではなくなるのだ。
明日には雨も上がる。
団子でも食いながら何かを考えよう。しかし考え始めると眠くなる。
雨のしずくはまだ歳の数も落ちていない。

八朔

2007年11月15日

旅の途中



眼前に果てしなく広がる雨雲。
暗雲立ち込めるとは文字通りこのことかと知る。意を決して突入。誰が飛騨の山中でウォーター・アトラクションを求めるというのか・・・。
世界遺産白川郷へ。
雨の中、壮大な紅葉に思わず団子を落としそうになる。
素晴らしい。
京都の紅葉が人間によって創られた芸術なら、こちらは自然が描いた芸術である。
カメラを片手に何とか良い写真をと奮闘するのだが、フレームに写るのは大三元、キムチ、納豆といったアジアンな観光客ばかり。
茅葺の前でソフトクリームを食べる足の短いオバハン、紅葉まで食べるのではないかと思える縮んだオバハン。
白川郷の写真は諦めて、オバハンを撮ることに専念する。これもまた世界遺産といえよう。
白川街道を南下。御母衣湖沿いではこの世のものとは思えぬ美しい紅葉を見る。
天気さえ・・・とぼやき出したら、その思いが伝わったのか、雨に雪が混じりだした。
やがて温度計は0℃を示す。
こちら雪など忘れかけていた京都人。薄いシャツにジャケット1枚である。
日本は広いものだ。

八朔

2007年11月14日

旅の始まり



旅は人生か、人生が旅か。
私の旅はいつも寒い土地へ向かっている。まるで北へ北へと逃げる逃亡者のようだ。
越前海岸を抜け、金沢へ。さらに海沿いを北上し能登の雨に打たれて辿り着いたのは七尾、和倉温泉。
潮の香りは薄く、波も穏やか。しかし荒れた頭皮を叩く雨は旅の行く末を暗示するかのように冷たい。
人もまばら、観光名所もこれといってない。
一昔前の温泉地といった風情を拭えないここ和倉でウォッカの回避を知る。右斜め上45度の角度から振り下ろされた手刀に目覚めたテレビは、のんびり逃げる桜の女王を映し出す。
酒や、酒や、酒を持って来い!
もちろんそれはヤケ酒という以外に表現しようがない単純明快な事の顚末。
カニと鮑に慰められ旅の初日は終わろうとしていた。
温泉でふやけたのか食いすぎか。治療という名目で痔主はふくよかな裸体を湯船に浮かべたのである。

八朔

小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

肥満度チェッカーS
おむすびパンダ君占い

Yahoo! オークション

マイ・オークションをごらんください

amazon.co.jp